差異と交渉 2

公開されました: 4 11 , 2016
投稿者: ロビン・コープランド

"交渉は関わる人に力を与える。多様なバックグラウンドを持つ人々、立場が対局にあるような人たちが一堂に介し、双方にとって長期的なメリットを作り出しながら合意に至ってゆく。相手と取引をするのか、条約に調印するのか、そうすることも、そうしないことも出来る。交渉のプロセスでは、双方の差異は差異として認め、差異をそのままとして、より良い世界を作り出すことができる。"

先週の記事で私は上のように記した。そして、記事の最後の部分では、いちばん難しい交渉は「信仰心を持つ」人との交渉だろうと述べた(自身の処遇や労働条件の交渉、自分よりも相手に理があると思える交渉も同じよう難しいが!)。「信仰心を持つ」対象は、単に宗教に留まらない。宗教は最もわかりやすい例だが。

自分のポジションについて何一つ疑問を感じない人達との交渉は大変に難しい。自らの意思やその結果を相手が受け入れなくてはならないと感じているからだ。たとえばスコットランドには「ウィーフリー」というキリスト教の一派が居る。ウィーフリーは、スコットランド国教会はもっと教義を徹底すべき、と主張している。安息日は絶対に守られるべきと主張しており、そのルールを私にまで強制して来ない限り、結構なことだ。国営のフェリー会社であるカルマックがルイス島のストーノウェイと本土のウラプール間を日曜日に運行できるようになったのはこの10年のこと。私からしてみれば、誰かが安息日の徹底を骨の髄まで信じているのなら、その人が日曜日にフェリーに乗らなければ良いだけのこと、なぜ他の人達が同調しなくてはならないのか?その主義主張を私に強制する理由は何なのか?

ウィーフリーは真逆の方向から議論を展開してくるかもしれない。日曜にフェリーボートがたてる騒音を受け入れなくてはならない理由は何なのか?と。

 私が愛してやまない米国を見るに、民間人が所有している銃や火器の数と、ほとんど毎週発生しているように見える銃乱射事件には関係があると考えずにはいられない。ところが、アメリカ人はその見方には決して同意しない。全米ライフル協会は何の関係も無いと平然と主張している。信仰心が物事の真実から眼を覆ってしまう典型的な例だ。

そして、自爆攻撃が善行であり、異教徒を殺せば自分の死後に神は報いてくれるという信仰心を持った若者たちが居る。神は本当にこのような若者たちを死後に報いてくれるのだろうか?

強い信仰心を持つ人と、どのように交渉したら良いだろうか?答えは「交渉すべきでない」。交渉は交換のプロセスであり、得ることと与えることが同時に起こる。つまり、交渉がおこなわれるためにはギブアンドテイクが成り立たなくてはならない。本質的には、信者とは交渉できない。信者の裏側に居る、良識と中庸の感覚を備えた人を見つけ出さなくてはならない。その人達こそがビジネスの相手であり、合意を共に紡いでゆく相手だ。 

原文: Negotiating Differences 2


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