母とEU

公開されました: 2 29 , 2016
投稿者: スティーブン・ホワイト

 90才の母は、ある問題に直面している。母はしっかりしており、10年前に父が亡くなってから一人で生活してきた。毎日を活き活きと過ごし友達も多い。週に5回は外出しカードゲームを楽しんでいる。3週間前、そんな生活が変わってしまった。膝の関節炎が悪化して動くことができなくなった。歩行補助器に頼ればアパートの中をなんとか動きまわることは出来る。だが階段を昇り降りすることはできなくなった。母は現在2階に住んでおり、建物にエレベーターはない。母は家から外に出ることができなくなった。

母と我々家族は、いくつかのことを決める必要に迫られた。1階のアパートを見つけるべきだろうか?そうすれば外出ができるかもしれないし、タクシーを使えば友達を尋ねたり買い物にゆくことが出来る。万一母が倒れた際にすばやく対応してもらえるよう介護付きのアパートにすべきだろうか?あるいはまた、老人ホームに移ってそこで新しい友達をつくり、残りの時間(長い時間なら良いのだが)を手厚いケアを受けながら過ごすのが良いのだろうか。

どうすべきかは、短期視点で考えるか長期視点で考えるかによって大きく変わる。母にもう少し住みやすいアパートに住んでもらえば、自分で歩ける限り、問題は当面なくなる。だがもし自分で歩けなくなれば、もう一度、今度は老人ホームに引っ越しが必要になる。再度の引っ越しの面倒を避けようというのであれば、住み込みの介護を雇うことも出来るだろう。その場合新しいアパートと介護の人が住むことの出来る部屋も必要になる。

先日、私は母はどうしたいかと尋ねた。「分からないのよ」と彼女は答えた。「こんなふうになったのは初めてだし、次に何が起こるのかも分からない。どうすれば一番かなんて分かるわけがないじゃない?」

先週末デビッド・キャメロン首相は、英国がEUにとどまることを勧めるというスタンスをもって、EU 27カ国の首脳サミットから戻ってきた。容易に予測できるように内閣の同僚やその他多くは、この考えに反対している。6月23日の国民投票では有権者は「留まる」「去る」のいずれかに投票する。それまでの間、両陣営は、相手の主張の危険性について、数字や事実をあげつらうことだろう。

こういった人たちは私の母親のように考えてみるべきだ。

先週木曜日にBBC TVの番組「クエッション・タイム」で放映された、テオ・ファフィティス(高名なビジネスパーソンだ)の言葉は、EUという曖昧模糊とした存在の好例を示している。デビッド・キャメロン首相が、英国がEUに留まるという方向性について、十分な説明責任を果たしたと思うか、という問いに答えて、彼はこう述べている。「今のところ、わたしはどちらの側に与するべきか、さっぱりわかりません...何時になったら我々は事実を知らされるんでしょうか?地球は平坦でEUを去れば地平の縁から英国がこぼれおちてしまう、とか、英国のEU離脱は食パン以来の最高の発明だ、とかいうデマではなくて... これまでの論議には何一つ事実がありませんでした」

がっかりさせてすまない、テオ。でもこの点を指摘しておかねば。「事実」は存在しないのだ。これは未来についての意思決定であり、あなたが政府公認の預言者の職にあるのでもない限り、出来ることは、歴史上の事実(膨大な事実が存在する)にもとづいて自分の意見を述べるまでだ。何が英国にとってベストなのか、何がEUにとってベストなのか、実に多くの不確定要素に依拠している。英国の経済が崩壊したら?ロシアがウクライナに侵攻したら?ユーロ経済圏がばらばらになってしまったら?ドナルド・トランプが時期米国大統領になったら?

政治家の中には、留まる/去るの国民投票の結果として国家主権に何が起こるのかを決めつけたり、再交渉の可能性、条約変更を控えている合意の合法性などについて話すものがいる。だが、彼らは物事の半分しか話していない。私の母と同じく、政治家には現在のシナリオの経験がないし、彼らの仮説が実際にその通りになるのかについても経験がない。毎年何千人もの交渉を観察しているスコットワークの経験によると、「What If」を事前にいくら考えたところで、実際には何一つ予測していなかったことが起こることが多いものだ!事前の計画は時間の無駄、という意味ではない。アプローチの柔軟性を備えておくことが、非常に重要だということだ。

もう一つ、私の母と同じ状況が挙げられる。彼女が今後どうするかを決めたとしても、その決定の良し悪しは時間によって大きな影響を受ける、という点だ。仮に母が少しは自分で動けるとして、次の2年間にベストな選択だったものが、そのあとでは不味い選択になるかもしれない。自分一人で身の回りのことができなくなれば、もう一度大変な引っ越しをしなくてはならないのだから。では、英国はどれくらいのスパンで時間軸を考えたら良いのだろうか?向こう5年間のベストな選択について話しているのか、15年間か、あるいは50年間の話をしているのか?

どちらの陣営の政治家も少しは賢くなり、私の母からのアドバイスに耳を傾けるべきだ。母は全てのことに正解を知っているわけではないとわきまえており、また物事を徹底的に考える方法も知っている。母は独り善がりなことを言う家族には耳を貸さないが、いろいろな意見を注意深く聞いて評価し、そして静かに心を決めようとしている。

驚くことでもあるまい。コメディアンのピーター・ケイも「母親とは、かくも複雑な存在」と言っているではないか。

原文: My Mother and the EU


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