リビングウィルを交渉する

公開されました: 3 12 , 2015
投稿者: スティーブン・ホワイト

とあるミーティングに向けて運転している最中、聴いていたラジオ番組で認知症についてのエピソードを耳にして気が滅入った。家族と治療に当たった医療スタッフによる、ある気丈な女性の物語だ。彼女は80歳の時に認知症と診断された。認知症が進むにつれて周囲との意思疎通は困難になり、また攻撃性も増していった。13年後に彼女は亡くなった。

このエピソードは、ある意味際立ったものだった。彼女は若い時にリビングウィルを残していた。リビングウィルとは「ある人が、将来のある時点で周囲と意思疎通が出来なくなった際に、ある種の医療行為を拒否する」ことを記した文章だ(慈善団体Age UKの定義による)。リビングウィルの標準書式が存在するものの、家族や医師にとっては問題になることが多い。というのも、リビングウィルには特定の状況をどのように判断するのかの論拠となる原理原則が書かれていないことが多いためだ。リビングウィルを書いた時点では想定されていない状況があり、また原理原則(家族や医療の重荷にならない、あるいは、植物状態や慢性的な痛みの中で延命されたくない、など)もはっきりとしないことが多いという。

この番組で紹介されていたエピソードでは、彼女は80歳すぎにペースメーカーの埋め込み手術を受けていた。ペースメーカーは電池で動き、寿命は10年だ。通常なら局所麻酔の簡単な手術で交換できる。ペースメーカーの交換時期が近づくにつれて、家族と医師はどうするかを決めなくてはならなかった。彼女の認知症は攻撃性が強いので、心理的にも物理的にも彼女は抵抗することだろう。彼女自身と医療チームの双方が危険に曝される。全身麻酔は彼女の状態を考えれば論外だった。というわけで、問題は次のようなものだ。彼女は、原理原則に照らして、この手術を望んでいたのだろうか?リビングウィルを見てみると、単に「不必要な延命措置は不要」とのみあった。家族と医療チームは論議を重ねた末、この手術を行わないこととした。ペースメーカーの電池はすぐに切れると覚悟したが、実際にはさらに15ヶ月持ちこたえた。だが、ペースメーカーが止まるときは確実にやってくる。その女性は亡くなった。

このエピソードが教えてくれる道徳的・倫理的なジレンマは多岐にわたり、かつ深遠だ。その一つとして、仮に家族と医師が、女性が遺したリビングウィルの意味するところについて、意見が違ったとしたらどうだろうか。家族は、リビングウィルの原理原則によって手術は行われるべきとの意見を持ち、医師は逆の意見を持ったとしたら?または、その逆でも良い。これは交渉を通して解決できる対立不一致だろうか?

原理原則は交渉できない、というのが我々の見解だ。たとえば、死刑は原理的に間違っていることと根本から考えている人は、いくらお金を積まれようと、いかなる誘惑をちらつかされようと、意見を変えることは無い。また、意見の相違を交渉することが出来ない、というのも我々の見解だ。意見とは主観的な見方であって、意見が表明された段階では証明することが出来ないのだから。例えば、私に言わせればマンチェスター・ユナイテッドはレアル・マドリードよりも良いチームだ。あなたが何を持ちだそうと私のこの意見は変わらない。何か魅力的なものが目の前に差し出されたら気が変わったというかも知れないが、その場合私は嘘をついている!私は説得力のある事実を目の前にしても意見を変える気はない。両チームの試合でレアル·マドリードが勝ったとしても、私は意見を変えるものか!

話をリビングウィルに戻そう。家族と医師の意見が割れてしまった場合、この意見の違いを交渉することは出来るだろうか?私はYesと考える。何年か前に、そのような経験をしたことがある。

とあるホテルで交渉スキルトレーニングを実施していた。トレーニングのはじめの決まり事として、いくつかのルールを説明していた。火災の際の避難手順、お手洗いの場所、また、トレーニング中は禁煙であること、など。その当時はホテルのような公共スペースでの喫煙は、禁止こそされていなかったが歓迎されなくなっていた。参加者もほとんどは禁煙を好んでいた。

 参加者の一人が、この禁煙ポリシーに抗議してきた。彼自身は煙草を吸わなかったが、それが問題ではなかった。。彼はタバコ会社に勤めていて、自分自身でもはっきりと意識していなかったのだが、会社はいかなる禁煙ポリシーにも、法律で求められている場合を除き、反対せよと望んでいると思い込んでいた。

結局我々は問題を友好的に解決した。他の参加者と彼は、誰にでもトレーニングルームで喫煙する自由はあると合意した。誰も、実際にタバコを吸わない限りは。

というわけで、同じように考えてみよう。老婦人は原則として手術を望んでいるが家族は反対している、と医師が認識したとしよう。その場合、医師は「医療チームと患者本人に危険がない方法が見つかれば手術を実施する」という条件を課することによって、この差異を解決することが出来る。現実に照らしてみれば、これは絶対に実現できない。

実際にこんな状況に出くわすことがないように祈りたい。患者本人としても、家族としても。

原文: Negotiation the Will to Live


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