投票ではなく交渉を

公開されました: 9 18 , 2014
投稿者: スティーブン・ホワイト

この記事はスコットランドの国民投票の日に公開される。我々も他のウォッチャーと同じく、結果を予測することは出来ない。しかしながら、一つだけ予測がつくことがある。結果がいかなるものであれ、スコットランド人は真の意味で民主的なプロセスに基づく意思決定を行う能力を失うことになる、という点だ。

どちらの陣営が勝利するにせよ、両陣営は51/49、52/48など、恐ろしく伯仲している。これはつまり、人口の半分は、自分たちが望まな無い結果で決着する、という意味だ。

「白か黒か」二律背反する課題を単純な多数決で決める行動は、本質的に非民主的だ。この国民投票には中道の選択はなく、灰色の結論はありえない。例えば「妊娠」は「妊娠している」「妊娠していない」という2つの状態しか無い。「少しだけ妊娠している」という状態はあり得ない。これと同じように「少しだけ独立国になる」という状態は無い。過去数日の間甘言を弄して急速に力を伸ばしてきたいくつかの陣営がある。国民投票の結果が”No”なら、彼らは「国がほんの少しだけ独立した」という結果は手に入らない。

2012年にエジプトで起こった民主化のプロセスを見てみよう。ムバーラク大統領による独裁時代が何十年も続いた後で(もちろんその間に選挙は何度もあったが、控えめに言って形ばかりのものだった)、吹き荒れるアラブの春の流れの中、有権者は世俗主義政党かイスラム主義政党かという形で、真の意味での選択肢を手にした。最有力の政党はムスリム同胞団であり、リーダーはムハマンド・ムルシーだった。ムルシー氏は決選投票で51.7%の得票率で勝利を手にしたもが、有効投票数はエジプトの全有権者の52%に過ぎなかった。スコットランド国民投票の投票率はこれよりずっと高いと良いのだが。

エジプトの大統領選は、争点について有権者が真っ二つに割れる判断(イスラム主義に基づく政治か、世俗主義に基づく政治か)を強いられる、絵に描いたような例だ。当初選挙で成立した政府は「包括的」という言葉を使って果敢にもこれを両立しようとした。しかしながら「包括的」な政策が長い伝統に基づく価値を侵食し始め、「包括的」であり続けることは出来なくなった。ムルシー大統領は与党がイスラム主義に基づく政治を行えるよう権力の舵を切った。不満を抱えた48%は行動に訴え、結果としてムルシー代表料は逮捕され、彼の政党は放逐された。

スコットランドの友人たちは、カイロとエジンバラでは政治も社会の成熟度もあまりに差がありすぎると言うかもれない。個人的には本当にそうだろうかと感じる。大衆迎合的な多数決とは、本当の実入りは薄くても大衆が望むものを与えることで、選挙に勝つ戦術である。これはある種の人々には魅力的だ。一度雌雄が決してしまえば中庸の余地は無い。スコットランドは独立国になるのか、ならないのか、どちらかである。そして権力を手に入れた側は、彼らの原理原則に基づいて行動を続けてゆく。

私は、国民投票によって独立を決めるという考え方は、はじめからインチキだと感じているが、上記がその理由だ。独立を求める人達は、交渉のテーブルに着くべきだった。スコットランドで現状を望む人達や、スコットランド以外の英連邦の人達との交渉に。そして、交渉を通して、中庸の道を探るべきだった。交渉を通して実現される未来は、単純なYes/Noよりもずっと多面的であり、複雑でもあるのだから。

今となっては、全ては遅きに失したが。

原典:  Why I Like Negotiating


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