パイプス・オブ・ピース

公開されました: 12 18 , 2014
投稿者: The Scotwork Team

1914年12月25日、戦場で銃声が止んだ。イギリス、アイルランド、ウェールズ、スコットランドの兵士は塹壕から出て敵であるドイツ兵と握手し、贈り物を交換しあった。数時間前までは敵味方に分かれて容赦なく銃弾を射ち合っていた者同士がサッカーを始めた。ドイツ対大英帝国の即興マッチだ。ドイツが3対2で勝利をおさめたと言われている。

こんなことが本当に起こったのだろうか?もし本当だとしたら、なぜ?

この束の間の休戦は多くの目撃者の証言によって裏打ちされている。ロンドンライフル旅団のムラード軍曹は故郷に向けた手紙で次のように書いている。「ドイツの塹壕からバンドの音楽が聞こえたが、こちらの砲弾がバンドのど真ん中を直撃したので穏やかな雰囲気をぶち壊してしまった」にもかかわらず、日が沈む頃にムラード軍曹は「ドイツの塹壕からクリスマスツリーが姿を現し、キャンドルがともされ、兵士が塹壕から出て座っている」のを目撃して腰を抜かす事になる。「というわけで、こちらも塹壕から出てドイツ兵と言葉を交わし、お互いの陣地に招きあい、酒を飲み、煙草を吸った。もっとも最初のうちはお互いをあまり信じなかったが」

戦闘行為の最中に敵味方がクリスマスを祝うという、ある種衝動的な行動は、いくつかの側面から説明ができる。まず、この時戦争が始まってからわずか4ヶ月であり、両軍の兵士が相手に抱く憎悪は、まだあまり強くはなかった。戦争初期の塹壕には娯楽と呼べるものは何一つなく、またすぐに水浸しになった。両軍ともに塹壕での不快な時間を共有しており、この共感もまた休戦を引き起こす要素の一部となった。さらには、塹壕が掘られていたものの、その場の風景は平和時の風景とあまり変わらず、まだ戦火の魔の手が伸びていない村や野の風景のおかげで、兵士たちは文明社会の行動を取り戻すことができた。

大部分の前線ではクリスマス休戦は24日のイブと25日のみだったが、一部の前線では大晦日や新年まで続いた。クリスマスが終わると両陣営はそれを合図にしたかのように敵対行動を再開した。不承不承で戦いに戻るとクリスマスの時期に形作られた絆は次第に消えてゆき、部隊の異動が重なるにつれて戦況は激化していった。「戦争を始めたのはどこかよその場所で過去、誰が他の人間が決めたから」という気持ちを双方が共有していたからこそ起こった出来事だろう。戦争が続くうちに、1914年のクリスマスに起こった出来事は、その場に居合わせなかった者にとっては、なにかシュールな出来事と受け止められるようになってゆく。

100年後の現在も、世界は無数の紛争が続いている。有り難いことに世界大戦の規模ではないものの、自らや家族の命、文化を破壊され、脅かされている数多の人達がいる。紛争を解決する方法はいくつもある。いくつかの状況では戦争は避けることの出来ない運命だったとお考えになるかもしれない。それでも、このクリスマスには、我々の間に存在する差異を解消するための、戦争以外の方法について、思いを巡らせていただければと願う。

本ブログの読者の皆様が穏やかで平和なクリスマスを過ごされることをお祈りいたします。

2015年が皆様にとって素晴らしい一年でありますように。

原文: Pipes of Peace


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