交渉で何が達成できるのか

公開されました: 7 31 , 2014
投稿者: スティーブン・ホワイト

この文章を書いている今も、イスラエルとガザ地区の紛争は続いている。2,000マイル離れた土地では、ウクライナを東西に分かつ紛争が続いている。いずれの紛争でも付帯損害は悲劇としか言いようのないレベルに達している。政治やイデオロギーに何の関係もない男女や子供たちが殺され、傷つき、ロケット弾や戦車が人口密集地を無差別に攻撃し、民間航空機を撃ち落としている。

この2つの紛争には、似ている部分もあるし、そうでない部分もある。彼の地に住む人々への哀悼、応戦規模の適切さ、非対称戦争、観念的な正義や悪を論じることは、本稿ではおこなわない。もちろん、私自身これらについて自らの意見を持っている。しかしながら、一つだけ、きわめてはっきりとしていることがある。紛争が続く状況では、交渉者の役割は非常に重要であり、そして交渉を通じて大きな成果をあげることができる、という点だ。このことについてもう少し深く考え、何が出来るかを探ってみよう。

交渉とは、対立不一致を有する当事者が、その解決をはかるための一つの手段だ。当事者が勝つことのみに集中し、一切妥協ができないのであれば、交渉はおこなわれない。また、当事者が調停に応じることもない。「勝ちに行く」という行動に駆り立てる心理については、ここではこれ以上論じない。勝ちを求める心理は多くの人々の精神に深く組み込まれていて、治療を試みてももあまり成果は芳しくない、とだけ言っておけば十分だろう。世界は「壊れてる」が善き行いや自由な精神、深い人間性(皮肉なことにユダヤ教、キリスト教、イスラム教を起源として、今日も宗教を通して繰り返し説かれている)によって、これらを正常な世界に押し戻すことが出来る、という見方がある。この見方は、全く的外れと言わざるを得ない。ある場所での紛争が収まったとしても、またどこか違う場所で紛争が勃発している。

交渉を行う者は、自らは道徳的により高い位置にいると考えている。なぜならば、彼らが対立・不一致を易化するために駆使する手法は暴力に訴えるのではなく、知性を使うのだから。交渉ではすべての当事者に何らかの譲歩が発生するが、それによって、どちらか一方ではなく全ての当事者に、善と悪の影が投げかけられる。おそらくは、交渉は紛争よりもずっとフェアであるとも考えている。理論的にはその通り。しかしながら、現実には、パワーバランスが均衡から程遠い当事者同士の交渉では、結果は偏ったものであり、公正とは言いがたい(第一次大戦におけるヴェルサイユ条約を思い出していただきたい)。というわけで、紛争の当事者は交渉したがらない。戦いの結果がフェアでない妥結という終わり方になりたくないからだ。

結果として、劣勢にある側は交渉を避けて、勝利を目指して戦いぬくことになる。勝ち目は薄いとしても。目先の敗北は、きたるべき大勝利へのステップとしての一時的後退、というわけだ。逆の側から見れば、優勢な側が度量の広さを見せて、たとえば一方的に停戦に入る、ということはしない。一方にとっての停戦は他方の勝利を意味する。

では、数多の交渉者や調停役、たとえば国連事務総長の潘基文氏や米国のジョン・ケリー国務長官、フランシスコ法王が、積極関与しようとしないのはなぜなのだろう?彼ら自身が「紛争の当事者は停戦して交渉のテーブルに着くべきである」というマントラのように繰り返された言葉は陳腐化していると感じているからという。更には、彼らの言葉は世論に大きな影響を与え、また世論からも影響を受けているので、紛争当事者のリーダーは交渉のテーブルに着くことで世論に押された形で面目を失う事態を懸念する、という理由を挙げる人もいる。紛争の当事者は最後には必ず話し合いの席につく、という事実は、この見方の証拠なのだという。だが、私は個人的には、背後にある本質はこのようなものではないと考えている。紛争が終わるのは、相手に与えている付帯損害が大きくなりすぎて、自陣営の長期的な目標を阻害しかねなくなった時点でだ。それまでは、紛争は続く。

もっとマシな方法はないものだろうか?ある土地をめぐって2つの陣営が争う、というような、本質的に解決不能な紛争は、そもそも絶対に解決することが出来ないと考える。ゆえに長期的な解決を志向する交渉者はことごとく失敗することになる。よりよい解決方法は、パワーの不均衡を安定化させること―すなわち「勝利」による問題解決は達成できなかったものの、勝とうと試みることのコストが甚大すぎて、勝つ試みは正当化出来ない、という状況を作り出すことかもしれない。実はこのような不穏な安定は世界の至る所で起こってきた。1948年から1967年までの中東しかり、1991年から2014年のウクライナしかり。

大規模紛争では、交渉者は常に必要であり、積極関与すべきである。交渉の結果として停戦が実現できなかったとしても、それは彼らの罪ではない。それまで存在してきた不安定な平和が最初に破られる結果に至った過去の交渉の過ちなのだ。今日交渉に関与する人達も、過去から続く過ちの一部になるかもしれない。破滅的な結末を回避してきた人達は、大々的な報道がなされることもなく、称賛を受けることもないのだから。

原典: Importance of Negotiation

 


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